妙清地蔵
林掃部(黒田長政に従って、朝鮮での虎狩の猛者として有名)が、
朝鮮で合戦の後、家来と共に戦場を見回っていたとき、幼い4〜5才の女子が泣きながらさ迷っているのを見つけました。掃部は慕い寄って来る女子が可哀想で突き放すわけにもいかず、陣中に連れ帰り、親を探しますが見つからず、朝鮮に置き去りにするのも忍びなく、日本に連れ帰り「妙清」と名付け、家人として可愛がったそうです。
その後、林掃部が没し金龍寺に葬られると、妙清は尼となり林掃部の菩提を弔い、生涯を閉じたそうです。地元の人たちが、妙清を哀れみ、朝鮮の方を向いて地蔵さんを建てたそうです。妙清地蔵菩薩と称され、願い事を叶えてくれ、特に幸運を授けてくれる幸運地蔵としてお参りの人々が絶えないそうです。
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